(自分語りと社会科学)生まれた時から普通を願われた。
親の腹から出た瞬間から
筆者が生まれた時、首から下は未熟児だったが総体重は平均以上とのことだった。
3270gと親は言うていた。
何度か言っていたのでいい加減覚えてしまった。
つまり、筆者の頭の重さは、平均値+【未熟児の体重の少なさ】よりも重かったということ。
筆者には姉が居て、2人目の子供はすんなり出るはずなのに全然出なかったそうだ。
頭が大きすぎて詰まってたからだ。
時間がかかり過ぎるので帝王切開を考えていたそうだが、母親自身に異常が無いので決断出来なかったとのこと。
かなり経ってようやく出た当初は全然動かなかったそうで、
助産師が咄嗟の判断で筆者をビンタしたそうで、それで眠ってただけだと判明したそうだ。
筆者の名前は父親が決めるはずだったが、生まれてきた子供の異常さを母親が見て気が変わり、母親が実家の直ぐ傍の神社で普通の名前を頼んで付けた。
※父親が何度も愚痴っていた。
つまり、筆者は名前までも普通であることに束縛された。
無論、名前は一生変わりようも無いので、今もであるし、死ぬまでだ。
それと生まれた時から異常と認識され、生まれた時から普通を願われたのだ。
それは、母親は生まれた時から「筆者の本当の自分」を見ようとしなかったことでもある、結局、死ぬまで見ようとしないまま死んだが。
母親が神経質になるのは多少は自覚していた。
少し例をば。
小学校の入学式に行く際、
頭が大きすぎたせいでヘルメットはそのままでは入らなかった。
入学式に行く途中、ヘルメットが入らないので浮いたままでいたら、途中に居た先生に気付かれて、ヘルメットを押し込めようとされた。
内側の調整機能を最大限に緩めて押し込めてようやく入った。
その話は筆者の担任に回っていて、何もしていないのに目を付けられて、席は最前列の中央にされた。
ヘルメットは改造した、本体と調整弁との間にはスポンジが有ったのだが、それを引っ剥がし、接着剤で本体と調整弁を直接接合した。
筆者が小学生の間ずっと席は最前列の中央だった。
中学生の時は半分位だったが、その原因は勉強の意欲が高い生徒が前列を申し出て、特に前列中央で、相応に筆者が端っこや後ろになったことであり、先生が筆者を前列中央にしたがること自体は変わらなかった。
小学生1〜3年の担任と4年の担任は、三者面談の際に筆者の次を空枠にしていた。
何故か筆者は最初に少しだけ話した後に追い払われた。
付近で傍耳立てようにも教師がチェックするので仕方なく学校から出た。
時間も凄くかかっていたようだ……次を空枠にしたのが妥当な位に。
4年生まで毎回そうだった。
他の例は別記事の習い事にも書いた。
母親はずっと筆者を普通にしようと必死だった。
普通でなくなりそうなことは嫌がられ、特に、理系頭を活かすことは忌避された。
以下例、概要のみ、詳細は別記事で。
感受性を身につけてほしいという願いによりピアノ教室に通うことになった。
筆者の家はあまり裕福でもなかったのに。
※数十年前は、ピアノ教室は今より遥かに贅沢だった。
しかし、ぶっ飛んだ頭の筆者にピアノをやらせたら相応の結果だ。
経歴数年未満の生徒対象の発表会に参加したが、当時10ヵ月なのにオーバーキルな位の最優秀になり、その結果は勿論親の願いと真逆なので、1年弱で終わりになった。
姉がソロバン教室に通い始めたので自分もと言ったら嫌な顔した、親父の仲介も有って渋々承諾された。
暗算を数段飛びで合格繰り返して早々に1級になり、段位以上を受けたいと言い出したら、その時点で終わりになった。
小学校のクラブ活動で(親の承諾不要ですぐに選べたので)将棋クラブを選んだら嫌な顔をされた。
後に、筆者が強過ぎる+直ぐに判断して即効負かし過ぎるので、メンバーは1人(棋士倶楽部通いの子)以外みんな逃げるので、筆者がつまらんと話したら、母親は即座に「姉と同じクラブなら安心」とか屁理屈こねてソフトボールのクラブに移らせた。
中学校部活選びの際、上記のを踏まえられて、入学日の少し前から姉と同じ部活に入るように念を押された。バレーボール。
母親は人格と気配りにおいても必死だった。
人様(読み:ひとさま)に迷惑をかけるなとか。
人様と言う言葉は膨大に聞かされた。
まぁ、母親が気にするまでも無く、筆者の学生時代は他の人より遥かに「まともな人格」になる事情が有ったが。
異常な位に広範囲な人に注目されていたし、妬み僻み等の否定的な注目も凄かったので、仮に少しでも人格の悪い言動をしようものなら広範囲に広まる。
さらに、いつ誰が筆者を見ているか分かったものではないので、家の外に居る時は全ての言動を気を付けなければならなかった。
例えば、近所の小売店の店員や、交通整理のシルバー人材までもが筆者の事を噂にしている地元の人というケースが有った位。
そんな感じなので、筆者は最低限実際の言動においては凄くまともに育った。
実際、某掲示板でのオフ会で凄く有名になった際には、掲示板では異常そうだが実際に合うと普通の人だと言われた。
※皆、リアルでも異常なのを期待していたので、がっかりしていた。
今でも小売店や警備員に会釈してしまうことが偶に有る位だ。
他全般、相手が誰でも礼儀正しくしようとする癖が残ってる、まぁ、その方が世渡り的に良いので、そのままにしているが。
母親の普通への拘りは筆者が社会人になってからもだった。
例えば母親は時々新聞の求人のビラを筆者に寄こしてきて、どれも地元の工場での製造の仕事のような「母親的に普通の仕事」。
母親にとってプログラマーは論外だった。
結局、筆者が生まれた瞬間から母親が死ぬまでずっと普通の人として育てて、本来の筆者を受け止めることは無かった。
死んだので永久に絶対に無しになった。