(自分語りと社会科学)習い事やクラブ活動等


将棋

小学年4年生からクラブ活動というものを行うことになった。
親の承諾なしで直ぐに決めれたので将棋クラブに入った。
入った時点でそこそこ覚えていた。
親父と姉が時々勝負してくれていたので。
だが、両名とも全然相手にならなかった。
それも有って、相手になるレベルの相手と対戦したいと思い、入った。


母親は嫌そうだった。
そりゃ、ただでさえ異常なのに、右脳を駆使させたら尚更になるわけだから。


最初の数か月は実力差が少ない相手が多く、面白かった。
一部の生徒はその時点では勝てなかった、学校以外でも活動してる生徒。
だが、数か月も経つと、大抵の相手は負ける気がしなくなった。
つまらない。
さらに、 冬休みの前の時点では、一部の生徒以外は筆者との勝負を避けたがるようになった。
さっさと他の対戦相手を見つけてしまう。
筆者は暇になりがちになった。
さらに、筆者を避ける際には、上級生までもが立場が逆転したかのような言い方だったので、尚更嫌だった。


学校以外の活動(棋士会?)に誘われたが断った。

棋士に限らず、筆者の才能に眼がくらむ連中は特に害悪だからだ。
こういう人間どもによる異常な興味や贔屓は、周囲の人間からの妬み僻みや、それによる害悪行為をもたらす。
特に、将棋のような高知能ぶってる俗人どもの巣窟となると尚更だ。

また、こういう人間どもが筆者に期待する程度は異常と言うか、体力や精神や時間の負担を度外視してくる。
勿論、筆者の人生を「当人が好きな事」だけに没頭させようとするだろう、他の趣味に時間を使うなと。

まぁ、仮に筆者が将棋の世界を進んだら技術自体はプロになれる位だろうが、社会的に駄目そうだ……迫害、疎外、過度な期待による過負荷、あまりにも深刻で、その世界に長居出来そうにない。


クラブ活動は一年おきに変更出来た。
4年性の終わり2週間前の頃にその話が出始めて、母親が現状を聞いてきたので、上記のを話したら、姉と同じクラブに入ればいいと熱心に勧められた。
ソフトボール部。
まぁ、将棋クラブの人間関係に嫌気が差していたので、応じた。
それ以来将棋はしなくなった。


中学校の部活

前述の将棋クラブの件も有ってか、母親は筆者が中学校に通い始める直前から「姉と同じクラブが安心」とか言ってバレーボールを勧めてきた。
そのまま流されるように入部。


部活の先生は筆者にセッターを勧めてきた。
判断力が素晴らしいとのこと。
だが、対抗心が露骨な同級生が居て、彼もセッター志望で物凄く努力して彼がセッターのメインの座を勝ち取った。


試合では偶に出た。
筆者は曲げるサーブを習得していた。
逆回転と横回転。
で、サーブが苦手なアタッカーがサーブの番の時に交代し、筆者が前衛になる番に元の相手に交代した。
※当時の筆者は身長が特に低かったので(クラス毎で身長順で並ぶといつも3番目以内)前衛は全然ダメだった。

逆回転のは喉仏サーブと名付けていた。
スピードも両立させるために回転は程々にし、丁度相手の喉仏に刺さる位に曲がった。
対応力悪そうな奴が食らうと喉仏に刺さって打ち返せない。
相手が打ち返せる場合でも多くは腕の角度が上がり過ぎてしまい、セッターの定位置に返せる角度に出来ず、2打目の人は中央付近で拾う羽目になった。
そして、平凡な打球でこちらに返し、自軍がブロックで止めを刺すか、まともにチャンスボールになるか。
割合は、初対戦の学校での最初数発の時点では、返せない(喉仏に刺さる)5割、上記の中央付近4割、セッターの定位置に返せる1割。
※相手側の慣れや対策指導次第で割合が変わる。

横回転のは仲間割れサーブと名付けていた。
相手の守備の境目をまたぐように曲がるように打った。
で、そこらの中学生の試合では横に曲がるサーブは心構えすら全然出来ていないため、初回はまともに刺さった。
対応力だけでなく人間関係まで駄目なチームだと、彼ら同士の目線が明らかに仲間割れであった。

これらのサーブが何回通用するかは相手側のコーチやリーダー次第で、「曲がるぞ」とか注意をしたり、タイムを取って会議されると、一気に期待値が下がった。
逆に、そういうのが駄目な学校相手の場合、最初から最後まで上手くいった。 


そろばん

小学生3年の頃、姉が通い始めたので、筆者も習いたいと頼んだ。
母親は乗り気でなかったが、父親の後押しもあり、行けることになった。


暗算は特に得意で、一気に数級上のを受けて受かるのを繰り返し、早々に1級にまで進んだ。
塾の人から1段以上も有ると言われ、勧められたので、母親に受けたい言ったのだが、却下された。
もう充分でしょ、お金もかかるしと。
そろばん塾は終わりになった。
その時点で「普通のそろばん」は3級で、それも終わりになった。


ピアノ

小学生4年生の途中から1年間弱通ってた。
当時の母親は筆者の感受性の特に気にしていた。
ピアノ学校に入れさせる直前の一ヵ月位は2日に1回以上のペースで感受性がどうのこうの言うていた。
まぁ、感受性が欠如していること自体は確かだ。
筆者は感受性が無い代わりにパターン分析や推測等で人間関係をやりくりしていたので、大抵の人は気付かないようだったが、母親は気付いていた。
で、感受性を身につけされる方法としてピアノ。


学費は我が家にとって安くなかった。
けっして裕福な家庭ではないので。
それでも敢えて行かせた。


他の生徒達は金持ってそうだった。
その生徒自身と親の服装からして金持ってそうだったし、車は高そうだったし、高額な外食の話題を聞いても無いのに言ってくるとか。
いかにも教育ママと「その子供」……その状況において、教室の先生は明らかに筆者への興味が強く、周囲の人達が勘付く様相だった。
そのため筆者への敵意は特に強かった。


7ヵ月位立った頃、発表会の案内をされた。
そのピアノ教室の系列全体のイベントで、経歴数年未満の児童を対象にしたもの。
それは、コンクールに誘われない程度とも言える。

筆者は受けた……敵意を食らわしてくる奴等にぶちかましてやろうと。
曲は上級エチュードの本から選びたいと言ったのだが……教室の先生は10秒以上硬直した後、却下した。
難しすぎると。
で、その「難しすぎる」の意味だが……筆者が習得するにはではなく、その発表会で披露するにはだ。
他の生徒をオーバーキルするということ。
そりゃまぁ、他の生徒はコンクールに誘われないレベルばかりだから。
先生には次回受講する時までに決めると言った。
で、「エリーゼのために」にした。

この曲の場合、技術次第で物凄くハイレベルに出来る、例えば各鍵盤ごとに強弱を別々に加減したり、(第三楽章で)最も低い音だけ強くしたり、数打おきに強弱を変化したり、(第二楽章中盤以降などで)足のペダルによってリズム感を増す、スピードの変化においては急に変えずに数小節の間に段々と変える、等々。
そのため、オーバーキルしやすさは上級エチュードと同様。
だが、 先生はその事に気付かなかったようで、許可された。


我が家での練習用具は電子キーボードだった。
しかもシンプルで安いやつ。
そのため強弱付けても音に反映されない。
足のペダルも無い。
だが、脳内シミュレートで「このように力加減すれば、このような音が出る」と推測したり、足の動きもシミュレートした(捨てる雑誌や新聞の束を足元に置いて踏んだ)。
ヘッドホン機能は有ったので夜中でも練習出来た。


結果は相応。
前述に上げた技術全般を駆使しまくった。
最優秀は筆者だった。
オーバーキルだ。
何せ、所詮発表会なだけに、他の生徒は、特に出来る子でも中級のを多少ミスしつつ、型通りで技法を駆使には程遠い程度だったので。

筆者と母親が表彰式に呼ばれた際、他の生徒や母親は金持ってそうな服装ばかりで、筆者達だけが並の服で、それが中央に君臨していた。
周りの目線のきつさは特に凄かった。


次の契約更新はされなかった。
母親はお金を理由にしていたが、ピアノを習わせた結果が普通の子供から遠くなったのが本音だろう。


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