(自分語りと社会科学)影響力や注目度の加減が困難な人生。
筆者が社会人なって以降に広く社会と関わった機会は2回。
2003〜2006年頃の名古屋のオフ会界隈と、2020〜2025年頃の名古屋のコンカフェ界隈。
どちらもマイペースに活動していただけだが、その界隈で断トツで一番有名になり、強い影響力や注目度になっていた。
こういうのは小さい頃からだ。。
小学生の頃
小学1年生の夏休み前の次点で、教育ママや子供の多数が筆者に噛み付いてきた。
それは同学年の多数だけでなく、別の学年からも複数組だった。
補足、姉が居たのと別学年の近所の子と遊ぶ等により、別の学年への噂の波及の糸口は有った。
入学式の前から教師に注目されていた。
入学式に行く途中、筆者は頭が大きすぎるのでヘルメットが嵌らずに浮いていて、それを途中で交通安全していた先生に見つかった。
その先生は無理やり押し込めようとしたが嵌らず、調整機能を緩めまくってから押し込んで対処した。
その話は担任にも回っていて、初っ端から注目され、席は一番前の真ん中にされた。
※小学生の間ずっと一番前の真ん中。
入学直ぐに知能テストが有った。
10分3セット。
1セット目が早く終わり過ぎたので、筆者は勘違いして手元にある3セット全てが10分かと思ってしまい、2セット目のも全力で解き、
3セット目の凡そ終わりまで進んだ。
教師が筆者を睨み、筆者は全部埋めれなかったのを非難しているのかと勘違いし、「全部終われませんでした」的な事を言いながら回答を見せた。
教師は固まり続けた。
2セット目からは寝ていた。
クレペリン検査は小学生から高校まで有ったが、常に凄く普通な子と判定された。
アレは、各ターン毎の回答数のバラツキや、ターンを経る毎の回答量の落ち具合や、不正解率および不正解率の推移から判定する。
となると、常に全部埋めて全て正解だとどうなるやら。
その場合、バラツキはゼロ、ターンを経るごとの低下もゼロ、不正解率もゼロ、不正解率の推移もゼロ、そのため完璧に普通と判定される。
その結果を教師が見た、冗談抜きで顎が外れそうな表情は見ていて快感だった。
まぁ、そういう事するから余計に注目されるのだが。
小学2年生の半ば頃には、噛み付いてくる奴等を一々個別に把握していたらきりがないと思うようになった。
例えるなら、有名人は、ツイッターで噛み付いてくる人を一々個別認識せずに範囲で認識するようなもの。
その頃から「有象無象」という言葉が大好きになった。
周囲に居る人全てにおいて、筆者を否定的な意識で注目して事有らば噂を波及させる確率が少なからずであった。
売店のおばちゃん、シルバーの警備員、信号待ちの時に傍に居る有象無象、学校内では言うまでもない。
習い事の場所は特にそうだった、教育ママやガリ勉等の、凡人のくせに対抗心や承認欲ばかり一丁前な連中となると、筆者への敵意は壮絶で、そういう有象無象が大量に沸いているのだから。
少しは自覚症状は有った。
例えば、教師達が筆者ばかり授業で答えさせるのがうざいので、黙らせるべく、一学年上の姉の数学の教科書の内容を覚えて、当てられた際にそれを引用するとか。
まぁ、こんなことするから余計に目立つのだが。
他、付近の女子生徒には答えを教えまくったり、
テストの際に大きな文字で書いて回答用紙をのぞき見しやすくするとか、女子生徒が当てられた際に紙に書いて教えるとか。
そういうのは一部の生徒からすれば妬み僻みの元だったようだ……女にモテたくて勉強に必死な有象無象。
教育ママは「あんな奴に負けるな」的な事を言うていた。
まぁ、授業中寝まくっていて勉強が優秀だから。
実際には寝たふりだ。
教師がうざいので、小テスト等のテストの類は全力の早さで答えを書いてから露骨に寝たふりをしていたのだ。
その件も凄く噂になり、妬み僻みの元であった。
中学生
教育ママや子供のアクションは小学校の頃と比べると頻度が減り、露骨なものは殆ど無くなった。
その事情は受験が大きいだろう、受験に必死になるべきため、他の生徒に時間や労力を割く余裕も激減し、筆者への意識も凄く落ちることになった。
だがしかし、目つきや口調から察する敵意は相変わらずだった。
変わった人間的には注目されていた。
根が明るい不良の男数名は、筆者を帰り道の脇道に呼びつけてエロ本を見せてきた。
※当時はネットが全く無く、エロ媒体は本だ。
煙草や酒もで、筆者の回答が興味の対象のようだった。
女子生徒数名は、何かの賭けで負けた子が筆者と一緒に帰ることにしたらしく、実際に誘われて一緒に帰った。
その女子生徒は終始家庭の愚痴や同級生の男の愚痴を延々と聞かせてきた。
双子の女子生徒+友達2名の地味な感じのグループの子達は、筆者と話した際に「私たち全員足しても存在感は貴方よりずっと無いね」とか言うてきた。
席が最前列の中央になることは半分位になった。
勉強熱心な生徒が最前列を申し出るし、真ん中を希望するので。
その数が多い時は2列目になった。
まぁ、教師が筆者を最前列中央にしたがること自体は同じだったが。
高校
中学生の頃よりも更に露骨なアクションが乏しくなった。
進学校の通っていたので、周りは受験に必死で、筆者への敵意は強いものの、余裕は無いので。
まぁ、ねちねちと嫌味を言うは多かった。
それと、○○君が陰で筆者の悪口を言うてるという報告も。
女子生徒が筆者に言うてきたのだ……そういう悪口を言う男子生徒的には筆者を貶めるべく陰口を言うていたようだが、女子生徒たちは(好奇心的な意味で)筆者が好きなのが多かったり、色々と貢献(後述)してたので、筆者の側だった。
まぁ、敵意や噂の広まり自体は相変わらずだった。
女子生徒達への貢献の例:
授業で後ろの女子生徒が充てられた際に紙で教える。
テストの際に(筆者の後ろが女子生徒で)大きな字で書いて見えるようにする。
俳句の宿題を肩代わり。
家庭科の授業の際に筆者自身の分を直ぐに片づけて女子生徒のを手伝う。
保険の授業の際に女子生徒が当てられて恥ずかしそうにしてたので筆者が答える。
入学当初のクラス分けは受験時のテストの成績順だった。
筆者は内申点の最悪さをテストの点で覆すような感じだったので、テストは多分一番だったと思う。
※河合塾の資料からすると、筆者はその高校の内申点最低を更新していたようだ。
そのため最高の成績のクラスに入れられた。
で、最高の成績のクラスの中に、さっさと寝る奴。
そのため他のクラスの生徒も筆者の噂を知ることになった。
中学生の頃よりも前列中央を望む生徒が増え、半分位以上の時は2列目になった。
まぁ、進学校だから。
名古屋のオフ会の頃
結論:
その界隈で断トツに有名人になった。
筆者の出席傾向や発言がまともに影響していた。
※直接的には問題人物の動向だが、それが他全般に波及。
最盛期からその後2年までの間に、街を歩いてた時に声をかけられて握手を求められたのが20回。
※主に、数人組の1人が筆者を知っていて、他の連れに筆者を紹介した流れ。
マスコット扱いのためなのかデートで来た女性の数は12人以上なのと、それ以降は数えてない。
※マスコット扱いのためSEX出来た確率は低かった。
当時の名古屋のオフ会は、花見等の「ちゃんとした形のもの」が月平均1回位で、要は散発的なだけで軌道に乗っていなかった。
その事情は注目度が無いままなのと、セクハラオッサン等の問題人物の跋扈。
東京では「ペットボトルオフ」というのが少し流行っていた。
男性がペットボトルを目印にして何処かに座って待ち、2ちゃんねるの掲示板で報告し、女性に来てくださいとアピールし、誰か来るのを待つものである。
無論、女性の種類は選べないし、それでも上手く相手しないと非難やトラブルになる……難易度は高い。
筆者も真似してみた。
まぁ、筆者的には難易度は低いので……何せ、今までの人生において世の中にあり得る女性のタイプが一通り絡んで来て、それなりに話し込んできたので、どのタイプが来てもまともに相手出来るだろうと思ってた。
それに、そういう能力は筆者こそ優れていると思った……他の男達って、どんなにモテる奴でも自分の得意なカテゴリだけで、幅広くても女性のタイプの3割未満だろうから。
結果だが……本来の目的も結構成功したものの……そのうち老若何女構わず群がるようになった。
※普通に若い女性と一対一で同行するのは6回以上有った。
※他、有名人になったことも有り、他のでデート以上になったのも含めて12名位。それと名無し同士の突発オフ経由でデート以上になったが4名。
原因は主に筆者のネット上での発言だ。
例えば、
セクハラおっさんが他人が釣った女に横入りすればネット上で吊るし上げて叩きまくるとか、その他諸々の問題な言動は片っ端から筆者がネット上で(勿論公開で)叩いていたので、話題が話題を呼ぶ状態であった。
まぁ、それが老若男女が多数来る原因になったが。
筆者が名古屋オフ会の起爆剤と言うことになった。
ペットボトルオフ界の最盛期、20〜30人が集合場所(当時のJRタワー13回のフードコート)に群がり、それ位の人数の時期は2ヵ月位。
※他、明らかに様子を伺って居るのが周囲に沢山居た。
※筆者は時折別の場所で本来の活動方法をしていたのと、大半はその場所に居た。
集まった人たちの中には幅広い人達とうまく交流出来る人が多く居て、彼らが様々なオフ会を展開した。
こういう人を筆者的用語で「広良社交層」と名付けてる。
無論、「広良社交層」は全員筆者に釣られてこそ来た立場のため、暗黙的にながらも筆者の方が立場が上だった。
※筆者はオフ会企画を全然しなかったので、明示的な偉い立場は無かった。
それと「広良社交層」は他の参加者全般よりも偉い立場のため(企画のほぼ全てを彼らが担当)、詰まるところは筆者が全員より偉い状況になった。
筆者の偉さ原因には筆者の活動範囲ばかり流行ることが有った。
その原因は問題人物がその範囲に全然来ないのと、逆も然りなことだ。
筆者は問題人物はネット上で叩く、勿論全員見る。
逆に、他の人達は全然行わなったし、それは「広良社交層」もだ。
それと、筆者は問題人物が別名で参加したのを見つけたら周知したし、他の人が筆者に伝えてくれる場合も何回か有ってそれらも流布した。
そうなると問題人物は筆者の範囲に全然来なくなる。
それと、筆者が来ない範囲に群がる。
そうなると筆者の範囲は規模拡大していくし、逆も然りだし、それは「アンチすきやきっち」の勢力の減衰でもあり、すきやきっち肯定派の一強でもある。
筆者は現場で会うと普通の人と言われていた。
殆どの場合、変な人を期待したのにがっかりしたという台詞も付いてきた。
それは筆者も自覚している。
小さい頃から広範囲の人から凄く注目されて、否定的なのも多いため、良くない言動は凄くするしやすいので、まともな人間を演じる癖は凄く身に付いていたからだ。
まぁ、これも筆者の勢力拡大の一因と言うか、普通だからこそ、釣られてきた人はその後も筆者の活動範囲に来る気になるのだから。
起爆してから8ヵ月以上立った頃から、変化や衰退の兆しが見えてきた。
様々なオフ会が展開されていたのだが、有力者たちは非公開に気に入った人同士で会合をするようになった。
それを「裏オフ化」と名付けた。
そうなると、主催者の変更によって(大抵は初代より劣る)衰退傾向になるのと、「筆者に釣られた立場ではない人」が主催になることにより筆者の影響度も下がることになった。
その頃にミクシィが流行り出して追い打ちになった。
当時のミクシィは閉鎖的なコミュニティとしては有用であったため「広良社交層」の多くも移った。
そして2チャンネル上での公の会合は段々と自然消滅していった。
その頃に筆者の活動も凡そ終わった。
一つだけ残った、名前を伏せた者同士の突発的なオフ会だけは、その頃でもある程度続いていた。
※若い女性の参加もそこそこ有ったが、募集時点では若い女性だと察すれないように書かれる。
筆者な長年のオフ会の経験や、小さい頃からの社会科学的考察能力により、大半において若い女性が居る時を選べた。
大体、若い女性と2人きりが5割、数名の中に混じってる3割、居ないのが2割。
その女性達は筆者の事を既に知っていて、筆者が名前を言うと驚かれた。
そうなると、他の時同様にマスコット扱いの有名人モードになる、食事やカラオケなどでデートする段階までは余裕な状況だった。
※マスコット扱いなためそれ以降は話が別。
上記の突発オフに幾度か行った後、完全に引退した。
ただ、街で偶然会った際に握手を求められるのだけは、その後2年位続いた。
コンカフェ活動の頃
筆者はレポを欠かさず書いていたのと、正確詳細を心がけていた。
レポを書く理由は物を書くのが好きだからであるのと、そこには邪な考えは無かった。
邪な考えの例は、承認欲求や自己顕示欲の類や、媚びて店での待遇を良くすること各種(キャストとの会話量、態度、店での立場、派閥事情等)。
筆者にはそのような俗物な思考は無かった。
正確詳細に書くのは筆者の性質だ。
まぁ仕事柄(プログラマで、当然お堅い文章もこなす)、文章を正確詳細にするのが癖になっていたし。
それと、どのような人に合うか合わないかも書くように心がけていた。
コンカフェ全般、癖が強いキャストや店ばかりで、合う合わないは全てのキャストや店において顕著なため、重要だからだ。
これが転じて他の有象無象なレポ屋とは断然に違う結果になった。知名度も影響力も、そして立場も。
先に逆の例として他のレポ屋を書くと、信頼性の無いものばかりだった。
また、活動範囲も限られており、精々2割位だった。
要するに、レポによって自分を良く待遇してくれる店ばかり行き、そういう店は全般的に評価が低く、それを良く書くものだった。
俗に言う提灯記事。それと利権でもある。
そういうのは一見メリットだけに思える。
まぁ、実際に、それで特定の店からの立場や会話量が優遇されるのは確かだ。
だが、本当に良い店では通用しない、良い店は既に良い評価が普及しているため無用。
むしろ、レポによって会話量や立場の向上を画策するような奴は(そういう人は金払いが並程度だし)厄介なだけだ。
だから彼らが歓迎する店は低い店に偏り、居着く先も同様。
そのような様相ではコンカフェ界隈での知名度も影響力も無い。
仮にコンカフェ事情を知らない人でも、そのうち彼の情報と実際の状況を照合する機会が発生していくため、それで見透かすようになる。
無論、コンカフェ事情を知る人からすれば照合するまでも無く見え透いている。
また、活動範囲が(評価の低い店の少数のため)影響力の低い店やキャストばかりのため、その点でも影響力が悲観的。
※補足、筆者以外のレポ屋で信頼性を保ってたのは1人だけ。キャスト個人を対象にレポしていた人。彼が自分自身が本当に良いと思うキャストだけに絞っていたようで、実際、大須コンカフェ界隈の中で本当によう版の良いキャストばかりであり、彼の情報の真偽性もそれなりに認められていた。
筆者は真逆だった。
悪い結果も良い結果もその通り書いてきた。しかも全て詳細に。
それを長年続けていると周りの評価も相応になる………正確に書こうとし、媚びにより違う結果を書くことは無いという信頼が確立する。
さらに、合う合わないも正確詳細に書くとなると、それも重要な情報となる。
……筆者が良いと書いた店は良いだけでなく、合う合わないも信頼されると言うことは、合うに該当する客は試しに行きやすくなると言うことだ。
実際、そうやって来た人の報告を何度か聞いた。キャストから直接聞いたのは延べ6人位かな。
逆のパターンで悪く書かれた店もその通りに影響するようだった。
知名度も爆上がりした。
要するに、「注目度の高さ」と「範囲の広さ」の掛け算的で、それはツイッターのお勧め機能によって凄く拍車がかかった。凄く。
最盛期、大須のコンカフェの中道的な店のキャストは7割位筆者を知っていただろう。
※調査の際、調査が済んだ頃に名前を言うのだが、7割位が知ってそうな反応をした。
まぁ、界隈による差は大きく、栄の店の多くや左派は低かったが。
平均して5割位だろう。
ツイッターのお勧め機能の掲示基準は主に、イイネや閲覧をする相手の範囲や、て数段階先の間接的繋がりだ。
だから、幅広いキャストから閲覧されれば広がるのと、閲覧頻度が高ければ濃さも高く判定され、両者の掛け算的になる。
筆者を認識した際のキャストの対応は店によって凄く差が有った。
勝者の余裕な店はその通りの反応をしていた……HADESのことだが。CCCafe系列もそういう傾向だった。
逆に、平均以下の店のリーダー的なキャストは恐怖の様相だった。
自信の無いキャスト全般は畏怖。
キャストによっては良く書かれようとして全力でチェキの絵書きをしたり、フードのアミュの際に当店の一番お勧めにしたりした。
キャストから良いレポを書くように頼まれることは頻繁に有ったが、完璧に拒否した。
ああ、完璧にゼロだからこそ信頼されるのだ……僅かな例外でも有ったら、それだけで信頼性は凄く落ちる……何せ、見る側としては、僅かでも偽情報が有るなら全てを懐疑的に見なければならないので。
そういう完璧性が他のレポ屋との差の決定打だ、まぁ、あいつらは完璧どころか凡そ忖度ばかりだから僅かな信頼性も無かったが。
上記の様相に対して筆者はある種の幸福を得ていた。
まぁ、俗人の場合、こういう状況に対しては自己顕示欲や承認欲だろう。
だが、筆者にはそんな俗物は無く、それよりも「本当の認識を再認識できたこと」だ。
(その時点で)15年前の名古屋のオフ会以降は、母親が調子を崩して世話をしていたこともあり、ずっと地味な生活をしていた。
それに母親が深刻な位に筆者に普通を願っていたこともあり、凄く普通っぽい生活だった。
※まぁ、非正規のITエンジニアを渡り歩くのは普通でないかもだが。
本当の自分は記憶の片隅に眠りっぱなしだった。
だが、コンカフェ界隈の人からの反応により、本当の自分を思い出すことになった……大量の俗人からの畏怖や奇異の目や、敵意や警戒や、筆者の無意識的な言動が匙加減の無い影響力となること。
若い頃に感じてきた本当の自分を20年以上越しに再確認した。
よし、俗世はこれで満足としよう。
適当な頃合いでキリを付けて他界した。
内心一番推しにしていた子の卒業を理由にした。
あとがき 天職
仕事は凡そ無難に出来ているが、非正規のプログラマーなために俗人との関りを凄く少なく出来るからだ。
非正規なので会社全体の人間関係は無縁でいられた。
さらにプログラマーともなるとチームメンバに対してすら業務上必要な応対のみで、他は、部長や総務等の極一部の相手と少し遣り取りするのみ。
正社員の頃も有ったが小さい会社で社長や先輩は人間関係の意欲が全然無かったので同様。
俗に天職と言うが、筆者にとって非正規のプログラマーが天職なのだろう。
ここでの「天」は主に遺伝子の突然変異、それに伴う最適解。
俗世間を避けつつ脳のスペックに物言わせる、それと理解が早いなりに飽きるのも早いために職が時々変わるのは都合良い、そのような仕事が天職だと
。
俗世に匙加減の無い影響力を発してしまう宿命ならば、関りを抑えればいい。人生全般で。